故・高畑勲監督が手がけたスタジオジブリ作品「かぐや姫の物語」が5月18日(金)21:00~日テレ系の金曜ロードショーで放送されます。
今回は「かぐや姫の物語」と原作である「竹取物語」の違いについて調べてみました。
原作にこんなシーンあったっけ?こんな展開だったっけ?と思った方、ぜひ読んでいってください!
目次
原作「竹取物語」について
「竹取物語」は、平安時代(9~10世紀)頃に書かれたと推定されている日本最古の物語文学です。
言うまでもなく、日本人なら誰もが知っている童話「かぐや姫」の原型ですね。
原本は現存しておらず、作者も不詳。
今日まで伝えられてきた物語は、作者ではない他者の手が加えられた物語である可能性が高いんだとか。
改変に改変を加えられてきた性質を持つ「竹取物語」を元に作られた「かぐや姫の物語」は、高畑勲版・「竹取物語」ということになりますね。
「かぐや姫の物語」と原作「竹取物語」の違い
では、具体的に「かぐや姫の物語」で高畑勲監督によって手が加えられた部分を見ていきましょう!
かぐや姫がタケノコから生まれる
原作では、
「竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しうて居たり」
竹の筒の中にかぐや姫がいたとありますが、「かぐや姫の物語」ではかぐや姫はタケノコから生まれています。
これは、竹が光る理屈に納得いかなかった高畑監督がタケノコに変えたんだとか。
成長の早いかぐや姫に近所の子供たちが付けたあだ名も「タケノコ」。
近所の子供たちと遊び回る天真爛漫なかぐや姫の幼少期が丹念に描かれているのも、原作との大きな違いですね。
捨丸
幼馴染で、頼りになる捨丸兄ちゃん。
原作「竹取物語」には登場しないオリジナルキャラクターです。
妻子ある身でありながらかぐや姫と駆け落ちしようとして、ネットでは”クズ”、”妻子捨丸”などさんざんな言われようでしたが、捨丸兄ちゃんがこの物語に現れた意義はなんだったんでしょうか?
捨丸の物語における意義とは
かぐや姫は穢れた星、地球に憧れるという罪を犯してしまい、その罰として地球に下ろされることになりました。
そして「穢れた地球に姫が嫌気を刺して、もう一度穢れなき月に戻りたいと願うこと」でその罪は許されます。
姫が穢れた地球で愛する人と一緒になってしまえば罰にはなりません。
捨丸が独身だったらなんの障害もない、ただの純愛ですからね。
かぐや姫が好きになった捨丸でさえも、穢れた人間であるということ。
捨丸は今作の大きなテーマであるかぐや姫の「罪と罰」を語るのに大きな存在なのです。
女童(めのわらわ)、相模(さがみ)
かぐや姫の身の回りの世話をする女童と、教育係の相模もオリジナルキャラクター。
この可愛らしい女童も終盤、重要な役割を担っています。
その辺りも注目してください!
帝とかぐや姫の関係
原作「竹取物語」では、かぐや姫が想い慕ったのは帝ということになっていて、月に帰るまでの3年間帝と文のやり取りをしていました。
月からの迎えが来たときには、
「宮仕へ仕うまつらずなりぬるも、かく煩はしき身にて侍れば」
(宮仕えをしなかったのも、このような煩わしい身の上だったからなのです)
という文と
「いまはとて 天の羽衣 着る折ぞ 君をあはれと 思ひ出でける 」
(今はもうこれまでと思い、(地上での人間らしい感情や記憶をすべて無くしてしまうことになる)天の羽衣を着るのですが、あなたのことをしみじみと思い出しております)
という歌を、不死の薬が入った壺を添えて帝に贈っています。
一方、「かぐや姫の物語」では・・・
この表情。笑
このとき、かぐや姫の心は「月に帰りたい」と強く願ってしまいました。
月の民の思惑通り、かぐや姫の罰は完遂されたのです。
原作では3年間とはいえ愛し愛される幸せな時間があるんですが、「かぐや姫の物語」では一切ないともいえます。
タケノコ時代がいちばん幸せだったのかな。
そこはちょっと、「かぐや姫の物語」は残酷ですよね。
月に帰る理由
かぐや姫が月に帰る理由も、原作とは違います。
原作「竹取物語」では、
「今は帰るべきになりにければ、この月の十五日(もち)に、かの本の国より、迎へに人々まうで来むず」
(今はもう帰らなければならない時期になったので、この八月の十五日に、月の世界の国から迎えの人々がやって参ります)
このように、最初から帰る日時が決まっていたと言っています。
「かぐや姫の物語」では、
またこれ。笑
帝のセクハラで月に帰りたいと思わず願ってしまったことが原因で、帰ることになりました。
これはまあ、月に帰りたくもなっちゃうよね。。笑
「かぐや姫の物語」はこちらの記事もどうぞ!
最後に
「かぐや姫の物語」のあらすじは、原作「竹取物語」に忠実です。
けれど淡々とした元のストーリーを、情景やオリジナルキャラクターを追加することでより深みのある「かぐや姫」にしているところが高畑勲版「竹取物語」の味ではないでしょうか。
高畑勲監督の最高傑作といわれるだけあって、何度も見返す価値のある作品ですね。